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 風洞の風はファンで起された渦巻いた風であるから、これを如何に物理的に処理しようとも、自然界の風とはならない。それ故、模型飛行機を風洞実験した値と、飛行実験した値とには大きな差が生ずる。
 模型飛行機の飛行実験は自然界の影響を多分に受けるので、一定の資料を得るまでには大変な労力を費やさねばならない。そこで考案されたのが図の様な旋回腕実験装置である。最初の内は抗力のみの測定を行っていたのであるが、段々自信を得て、翼の三分力測定まで進んだ。一つの翼の三分力測定には平均15時間を要し、本集掲載のものについては、実験及製作の誤差を考慮して、3枚の翼を製作し、実験値は平均をとった。然し、一般に高性能と信じられている実機用の翼型でクラークY、NACA6409、6410、6412、等は更に4枚の翼を作って実験したが、平均値をとるには余りにも測点が飛離れているので、その中の最も性能の良いものを取ってある。これは実機用の翼型は、その製作次第で性能が大いに変化すると云うことであるが、翼型座標に正確に似せて作られた翼が最良の性能を示さなかった事は面白い事である。
 実験は合計90種の翼型につき行ったが、『模型翼型集1』では25種を選んだ。風洞j実験値を見慣れている人々には、これらのデータは見当ちがいに感ぜられるかも知れないが、これらのデータを用いて、模型機を設計し、製作し、飛行して見ると、大体正しい事が解かるものである。
 模型翼の特性は労せずして層流境界層の得られる事であるが、実物機の場合は反対で層流をより長く保たんが為に苦労している有様である。すると模型では特別に自然の恩恵に浴している様に見えるのであるが、実はこの層流境界層は模型機にとっては迷惑な存在なのである。
 模型機は型が小さく、飛行速度も遅いので、境界層の層流から乱流への遷移が起こらない為に、層流剥離を起して抗力の一大増加を来す。これが模型機は実物機よりも性能が悪いと云われる根本原因なのである。また、層流は表面から剥れ易く、乱流はエネルギーの交換が行われる為に剥れ難いが、摩擦抗力は層流に比してずっと大きい。ここに目をつけて、摩擦抗力を多少増加させながらも圧力抗力の大減少による全抗力の減少が予想される事になる。この方法は、故意に層流を乱して乱流に変えてやると云う簡単なもので、普通乱流装置と呼ばれている。 実用上の乱流装置は、その装置自身の抗力をも考えねばならないので、一般には翼幅方向に翼面に近づけて張られた針金が用いられるが、この針金の太さはレイノルズ数に関係をもち、その取付位置は翼型によって異るので、それぞれの翼については実験によってきめねばならない。乱流針金による翼の特性変化については、次集に発表する予定であるが、効果は期待できるものではなく、利用者の心理的な効果の方が大きいのではないかと思っている。これらの実験で感じた事は、模型翼における層流境界層は少しぐらい乱しても又すぐ元の層流にかえってしまう事である。それ故、乱流にする為の障碍物は一個所ではなく、その后方に何箇所も設ける必要があると云う事になり、翼上面にトイレットペーパーの様な皺紙を貼ったものを実験した所、その効果の抜群なのには驚喜した。本集には、NACA6412と、R・308翼型にこれを用いた結果を揚げた。
 吸込吹出翼とは、翼の全上面に小孔を穿って、吸込吹出を自由にさせ上面の圧力分布を平らにならして、急激な圧力降下と圧力上昇を防ぎ、早期の境界層の剥離を防いだものである。その効果は実験によく現われ、最小断面抗力係数約10%の減少を示した。ここでは小孔を穿つ場所が全上面にあったが、場所を変えて実験すれば面白い結果が得られるであろう。実機に於ては適当と思われる圧力分布を与えて、逆に翼型を計算する方法がとられているが、自らそれには限度があろうから、吸込吹出翼の様に翼型を変えないで人為的に圧力分布を変える方法が併用されねばならないと考えている。

 現今、模型飛行界で最も盛んな競技は、滞空時間の競技である。滞空性能を良くする為に選ぶべき翼型は、割と揚力係数の大きな迎角で揚抗比が大きくなければならない。模型機の翼は断面抗力係数が非常に大きく実物高速機の約10倍以上であるので、最大揚抗比を与える揚力係数は必然的に大きくなるが、最大揚力係数は0.9〜1.2(翼厚5%以上のもの)と云う低い値を示しているので、大きな揚力係数で釣合せるのは危険である。そこで今すこし小さな揚力係数に於て最大揚抗比を出す様な翼型が欲しくなるが、それには本集を見て解る様に、翼厚比を0に近づけながら、中心矢高比を、4〜5%にとればよろしい。この点ライトプレーン用の片面貼り翼は最高の性能を示している。現用されている翼型は強度と製作上の関係から翼厚比8〜12%のものが多いのであるが、模型では実機ほど風圧中心の移動が大きくないので強度の余裕をもっと切つめて、翼厚の薄いものが用いられねばならない。
 本翼型集は謄写版刷りであったので、手数を省くため図表のみのとした。然し、模型機に於ては図表から数値を読み取る方が便利なのである。また性能計算等に必要な諸数値は図表に記入してあり、これらを利用するには、下記の方程式が便利である。